「具現化」
2008.02.10
写真に写るチャイナ服姿の女性の横顔に惹かれ、新聞に掲載されていた映画の紹介欄に目が向いた。『ラスト、コーション』という名のその映画は、1940年代の日本軍占領下の上海を舞台にしたサスペンス・ドラマらしい。
その映画評には、主人公の人生が変わる「一瞬」を監督は見事にとらえていると評してあった。俺は、映画の内容を紹介する文中の「一瞬」という言葉に、とても惹かれた。
誰にも、振り返ってみれば、自分の歩んできた道に大きな変化が起こった「一瞬」がある筈だ。
人生において痛恨の敗北を味わった一瞬。あるいは劇的な勝利をつかみ取った一瞬。
それほどの劇的なものでなくとも、幸せに物事が転じだした瞬間。または逆に不幸な経験へ転じだす瞬間。
あるいは、重大な決断を下す瞬間などなど、数え上げればきりがないほど、そうした瞬間はあっただろう。それもそのはずで、延々と続いている時間とは、一瞬一瞬の積み重ねによって構成されている。
「チャンスに後ろ髪はない」 これもよく耳にする言葉だ。
チャンスがやってきた瞬間に、つかみ取るためには日ごろの準備こそが大切だ。チャンスが来たと言って、その時になって慌ててもチャンスをものにはできない。
そう考えると一瞬一瞬をつかみ取り、大きな成果へと転じるためには、やはり積み重なる一瞬一瞬において、地道に努力を続けて行く以外に道はないということになる。
果たして、俺たちは今この一瞬を後悔なく、明日への希望のために最大限の努力をしているのだろうか?
良いにしろ、悪いにしろ、日々の行動の成果は、ある時、突然どこかで、一瞬にして具現化する。
新聞を折りたたむと同時に、新幹線の車内放送は京都駅への到着を予告した。