「砂漠と喫茶店」
2006.08.03
「いい歳をして、夢を追いかけるなんて恥ずかしい。と言っている方が恥ずかしい」
これは、4年前に、特別競輪(G1)の最年長優勝記録を続けて2回更新した時、北海道新聞の取材を受けたとき俺が話した言葉だ。
俺のいた競輪という世界でも、ある程度年齢が高くなると良い人風に、後輩を立てるとか、育てると言いながら、自分では勝負しなくなる人が多かった。物事の本音と建前は違う事が多い。本当は自分では、勝負できなくなって来ている場合がほとんどだった。
アスリートやアーティストなどは、「俺が一番になってやる。」いや「俺が最高なんだ。」それとも「何としても自分の壁を越えてやる。」というような部分が無くなれば、その呼び名を変えた方がいい。それらの世界では、そういうことを何処かで競い合っている、ということが必要な分野だと考えている。
年齢も、才能も、環境も関係なしに、自分が本当にやりたいことにチャレンジすることには、意義がある。もちろん、そこには大きなリスクを背負う覚悟も必要だ。リスクも無い挑戦に、美味しい果実を手に入れるというのは、甘えた認識といわれて仕方ないだろう。大抵の人の本音は、心底やりたい事をあきらめているのではなく、どこか言い訳がつくところで、リスクを回避しているだけではないだろうか?
夢があるのなら、それが本当に夢であるならば、チャレンジすればいい。「喉が渇いた」の一言も、灼熱の砂漠の真ん中で叫ぶ「喉が渇いた」と街でのウィンドショッピングに疲れ、友人と喫茶店に入って話す「喉が渇いた」では、その一言の重みに天と地ほどの差がある。
いい歳をして(いや、いい歳でなくても)夢を持っているというあなたの夢は、どっちの夢だろう? 砂漠か? 喫茶店か?